人間誰しも終わりの時を迎えます。これは生物である以上どうしようも無いことですよね。
しかも困ったことに、終わりがいつ訪れるのかは誰にもわかりません。
人生の終わり際に、多くの人がどんなことに後悔するかご存知ですか?

やった後悔よりやらずの後悔

それはもっと〇〇をしておけばよかったという「チャレンジしなかったこと」への後悔です。
やりたいことがあるのに、いろいろな理由をつけてやらなかった経験は誰にでもあるでしょう。
死の間際でなくても、「あの時あれをしていれば」、「本当はあんなことをしてみたかった。」ということの1つや2つ、程々に年齢を重ねてきていれば誰しも持っているのではないでしょうか。
やらなければ後悔するとわかっているのになぜ一歩を踏み出せないのでしょうか。

恐怖や不安感情の先取り

初めて何かをするときは、誰しも不安や恐怖を感じるものです。
昨日と同じことをするのが安全と考える脳は、変化することを嫌います。
未知のことを避け、これまで安全だとわかっていることをやり続けるのは、生存のために獲得した性質でしょう。そして次第にやらない理由をできない理由に変換し、あれこれ考えだします。
「今はまだ時期ではない。」「準備が整ってからやろう。」
いろんな理由が次から次に湧き上がってき、それはクリエイティブにいろんなことを考え出します。
まだ何も起こっていないのに、すでに起こった後のような感情の先取りが始まります。
そして次第に失敗した後のことを考えやらなかったことを正当化するようになっていくのです。

恥の文化

さらに困ったことに、私達は他者からの目を気にしてしまいます。
本来他人がどう思っていようと、私の人生には関係ないはずなのに、周りの目が気になるのはどうしてでしょうか。
それは日本には恥の文化というものがあるからでしょう。
こどもの頃から画一的な教育を受け、皆と同じことが大事と考える日本人は、失敗や間違いは恥ずかしいことという価値観を持っています。
そして周りに迷惑を掛けることを嫌い、他者からどう見られているかを気にします。
この他者からどう見られているかが、行動にブレーキを掛けてしまう要因でもあります。

起こってもいないことをあれこれ考えても始まらない

心のなかでは本当はやったほうがいいことはわかっているのでしょう。
だから後悔の言葉が出てくるのだと思います。
未来がどうなるかなんて誰にもわからないように、チャレンジした結果がどうなるかは誰にもわかりません。
わかっているのは何もしなければ何の結果も得られないということです。
未来の負の感情を先取りして今何もしないのは非常にもったいないことだし、そのままだと後悔の言葉を口にするしかありません。

Well-Beingとは今を生きること

最近よく聞くwell-beingですがどういった意味でしょう。
well-beingとは日本語では幸福と訳されています。
日本人の幸福観は何かを獲得したときに得られると思っている人が多いようです。
しかし、獲得では幸せを感じることはできません。
Well-Beingを感じたければ、今やりたいと思っていることに集中して全力で取り組むことです。
先の不安を心配せず、今目の前のことを楽しんでください。
冒頭で話したように人生には必ず終わりの時が来ます。
その時が来ても後悔しないように、しっかりと今を生きること。
今を全力で生きる。それがWell-Beingであるということの条件ではないでしょうか。